東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1026号 判決
控訴代理人は原判決を取り消す。被控訴人等は別紙記載の謝罪広告をなすべし。被控訴人等は各自控訴人に対し金十万円およびこれに対する昭和二十五年四月四日より完済まで年五分の金円をそれぞれ支払うべし、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の連帯負担とする、との判決並びに金円請求の部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人等は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方が当審において陳述した事実関係の要旨は、控訴代理人において原判決四枚目裏四行目『(横流し)事実に無関係な』の次に「且つ抽象的」を加える。同五枚目裏四行目「金十万円と」の次に「これに対する年五分の遅延損害金とを求め、附遅滞は訴状送達なり」を加える。同第六枚目表二行目初めの「被告」は「原告」の誤記、同四行目「第一種所得」は「第一種増加所得」の誤りである。本件の綿糸千五百貫が漁業会に到着したのは昭和二十一年十一月十五日から同年十二月二十六日に亘つてのことである。又亜麻一万九千八十ポンド(二千二百貫)が到着したのは昭和二十二年三月十五日であつて、控訴人が漁業会々長を辞任したのは昭和二十一年三月三十一日であるから、右綿糸及び亜麻が到着した当時は既に漁業会々長ではなかつたのである。従つて、控訴人は右綿糸等を横流しすることはできなかつたのであると述べ、被控訴人等において原判決六枚目表二行目三行目にかけて「その他の事実はすべてこれを否認する」とあるのは、控訴人の主張している法律上の見解を否認する意味である。
控訴人が昭和二十一年三月三十一日漁業会々長を辞任したことは認める、本件の綿糸及び亜麻が控訴人主張の日に漁業会に到着したことはこれを争うと述べた外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
なお、控訴代理人は、被控訴人等が原審に提出した答弁書に対する控訴人の主張の詳細について、原審に提出した昭和二十五年六月二十一日附第一準備書面第三(記録五一丁以下)記載通り陳述し、同準備書面第四(記録六一丁裏四行目以下)記載通り「証言の具体性、証人の供述義務」について説明し、更らに控訴代理人が当審に提出した昭和二十五年十二月十二日附第二準備書面第一の二記載通り控訴人主張の趣旨を詳細に陳述説明し、被控訴人等は当審提出の昭和二十六年二月六日附準備書面に基き陳述し、別件訴訟事件の証拠申出についての「証すべき事実」を説明した。
(立証省略)
三、理 由
控訴人は横須賀税務署長から、昭和二十二年七月十七日附の通知書により第一種増加所得税(所得金額九十九万円、所得百万円中基礎控除一万円)の課税処分の通知を受けたのであるが、控訴人は何等事業を営んでいないので、このような課税処分を受けるわけはないという理由で、右処分について右税務署長に対してはその取消を、同署長並びに国に対しては右処分による所得税金七十万五千円の債務不存在確認の訴を横浜地方裁判所に提起し、同庁昭和二十三年(行)第五一号課税処分取消事件として現に審理中であること、被控訴人望月は右別件訴訟における被告国の指定代理人であるが、該訴訟において原告(本件控訴人)は、昭和二十一年中の所得は会社重役報酬、船舶売買仲介謝礼、神奈川県会議員報酬合計金二万三千百五十円なりと主張したのに対し、右望月は国の指定代理人として控訴人には課税原因たる事業所得が百万円あつたと主張し、その所得は控訴人が昭和二十年十月当時三崎向ケ崎漁業会々長であつて、同漁業会は綿糸千五百貫、亜麻二千二百八十九貫余の配給を受けたが、そのうち綿糸五百貫を同漁業会員に配給したのみでその余は全部控訴人個人がこれを他に横流しして、これにより控訴人は利益金百万円を得たと主張したこと、而して被控訴人望月は右主張事実の立証として被控訴人安藤外三名を証人に申請し、その証拠調期日に右安藤は証人として、被控訴人望月の尋問に答え次のような供述をしたこと、
昭和二十四年十月十八日の供述
(1) 原告(本件控訴人、以下同じ)は、漁業用資材として正規により、リンク物資の配給を受けたもの、正規に受けたものでないものの綿糸その他の物資を横流しした。
(2) 原告はその権力により、米、油等を終戦の混乱にまぎれて持ち運んだ。非農家の原告が何俵かの米を供出した。
(3) 漁業者でない原告が綿糸の配給を受けた。該物品を転売することは想像される。
(4) 共栄漁業組合という幽霊組合があり、これから原告が相当多量の物資を手に入れた。
(5) 原告のやつていた頃の向ケ崎漁業会の配給帳簿と県水(神奈川県水産業会)との帳簿が符合しない。
昭和二十四年十一月十七日供述
(1) 共栄漁業組合が県水から配給された綿糸の一部を地元民に配給したという話は聞いているが、払下価格より配給価格の方が高い。
(2) その他においても原告自身で配給を受けた。
(3) 組合の配給帳簿記載数量と実際の配給数量が符合しない。
(4) 綿糸二千百貫が業者(出荷者)全員に渡つていない。
その供述のうち伝聞証言については、その伝聞先を明かにしなかつたことは、いづれも当事者の間に争がない。
控訴人は大要以上の事実に基いて次のような要旨の主張をする。即ち課税処分の取消を求める訴訟においては、当該訴訟の被告においてその課税原因を具体的に主張し且つ立証すべきであつて、前記のようないわゆる横流しが課税原因であれば、そのいわゆる横流しとは如何なる意味の行為か、若しこれが転売を意味するものとすれば、控訴人は何時何人に如何なる価格を以て売却したかを弁論において明かにした後これが立証をなすべきである。しかるに、被控訴人望月は右のように具体的にその主張事実を明かにせずして証拠の申出をなし、且つ前記の通り、横流しの事実に無関係な且つ抽象的な事実について被控訴人安藤をして証言せしめ、右安藤もまた望月の問に応じ前記のような証言をなし、殊に伝聞証言についてはその伝聞先を明かにしなかつた。従つて、被控訴人安藤の右証言は別件訴訟における被告の適法な防禦方法ということはできないというのである。」
按ずるに、右の記載によつて明かなように、被控訴人望月は別件訴訟において、控訴人には昭和二十一年中の課税原因たる事業所得が百万円あつて、その所得は控訴人が三崎向ケ崎漁業会に配給された綿糸千五百貫、亜麻二千二百貫余のうち綿糸五百貫を同漁業会員に配給したのみでその余は全部控訴人個人が横流しをなし、これによつて百万円の利益金を得たというのであるから、その横流しをした物品は配給品として特定せられ、又横流しをした年は昭和二十一年として年度は特定せられているのであるが、その横流しをした月日、相手方、代金額等横流し行為の内容をなしている各個の取引が具体化され特定されていないのである。尤も、主張事実の具体化とか特定とかいうのは因より程度問題であつて、右横流しの主張は具体化の程度が比較的低いというのである。従つて、受訴裁判所としては、このような主張にたいしては釈明権を行使してこれを具体的に主張せしめ右横流しの月日等各個の点を明かにし、しかる後に相手方に対してその認否を求め、争点を具体的に確定した上、立証に入るのが適当な措置であるということができる。ただ、別件訴訟は控訴人に対する課税処分の取消等を求めるもので、控訴人の昭和二十一年中における当該課税の対象となる所得の全部が審理の対象となるものであつて、右横流しの事実に基く権利関係(例えば転売代金債権)を直接に訴訟物とし、これについて既判力を生ぜしめるような訴訟ではないのであるから、右のような釈明が訴訟上必要欠くべからざる事項とまではいうことができない。又別件訴訟における右横流しの主張は、原告がこれに対し答弁し得ない程までに抽象的なものではなく、原告としては昭和二十一年中に前記漁業会に配給された綿糸等を横流ししたことがあるかとの問に対しては自白、否認又は不知を以て答えることができる。右横流しをした月日や相手方若くは代金額等をいわなければ答弁が不能であるということはできない。従つて、右のように釈明権を行使するか或はこれを行使せずして証拠調に入るかは結局受訴裁判所の訴訟指揮権の範囲に属することであり、又当事者の主張事実が抽象的で漠然としているときは、その主張事実の真否について判断を受ける際に弁論の全趣旨として斟酌せられ信憑性が薄弱なりと認められることがありうるだけのことである。要するに、右のように横流しの事実を更らに具体的に述べることは訴訟上必要欠くべからざることではなく、当該訴訟の原告が答弁するにも、証拠調をするにも、又弁論の全趣旨として心証を形成するにも具体化するのが相当だというに過ぎないのであるから、当該訴訟における被告の右主張を具体化せしめずして証拠調に入つたとしても、それは結局訴訟指揮と自由心証の問題に帰着することである。従つて、前記のような横流しに関する主張をなし、又これを立証するため証拠の申出をすることは、課税処分の取消等を求める訴訟における防禦方法としては民事訴訟法上不適法なものということはできない。
而して、前記の通り、別件訴訟は昭和二十二年に控訴人に対してなされた第一種増加所得税の課税処分の当否が、審判の対象となつているので、その課税客体は控訴人の昭和二十一年中における当該所得の全部に及ぶのであるから、審判の範囲は右横流しの事実のみに限局せらるべきではなく、控訴人のその他の所得や事業活動、生活状況その他所得を生ずべき原因事実も広く審判の対象となり得るものであるから、立証の範囲も右横流しの事実のみに限定せられるものではない。このような事情を考慮し、なお、訴訟代理人が一般に証人尋問をしている実際の事情に照して右安藤証人の証言をみるときは、同証人は右争点を立証事項として申請せられたものであるのは勿論、又同証人の尋問並びに証言は別件訴訟の争点並びに立証事項と関連性を有し、同事件の被告の防禦方法として必要であつたものといわなければならない。又右証言の一部は伝聞証言で、しかも、その伝聞先を陳述していないことは当事者間に争のないところで、その伝聞先を明かにし得ないのは今後の徴税において情報を提供する人がなくなるからであるというのであるが(甲第二号証)、このような伝聞先を明かにしていない証言と雖も、自由心証によつてその証拠力を決すべきであつて、必ずしも一概に証拠として無価値で、防禦方法たり得ないものと論断し得るものではない。従つて、右横流しの主張事実について証拠申出をなし、証人安藤に前記のような尋問をなし、又同証人が前記のような証言をしたのは適法な防禦方法であるから、これを不法なものであるとし、この主張を前提とする控訴人の本訴請求は是認することができない。
よつて本訴請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条の各規定を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 判事薄根正男は差支のため署名捺印することができない)
(別紙省略)